若者の心を起動する教育の作り方

アスバシ教育基金代表、毛受芳高のブログ

これまで1998年から15年、キャリア教育、街とつながる学校、総合的な学習の時間、教育コーディネーター、シチズンシップ教育、ESD、環境教育、国際理解教育、サイエンスコミュニケーション、教育CSRなどなど、様々な新たなテーマの教育を「教育コーディネーター」の側から手がけてきました。小学校から、中学校、高校、大学までの、子ども・若者のすべての発達段階と関わっていくなかで、見えてきた教育づくりのコツを紹介します。
若者は、「何か」に出会う体験を通して、心に火がつき、自ら主体的に動きだします。そんな体験を「心起動(ココロノキドウ)体験」(ユースアクティベーション)と呼んでいます。「心起動」現象はどう起こるのか?

キャリア教育

病院で長期療養している高校生にもサポートを!

がんになっても子どもは育つ6/29(日)チャイルドケモハウス主催のシンポジウム「がんになっても笑顔で育つ」にシンポジストとして参加し、「若者の心に火をつける ~なぜ高校生教育が大切なのか?~」と題した講演をしてきました。

冒頭の報告で、がんで惜しくも亡くなった久保田鈴之介君の物語が、両親から語られました。

実は、小中学校という義務教育段階では、院内学級のようなかたちで長期入院になっている子どもたちにも学習が継続できる仕組みがあるのですが、高校になると「義務教育でない」という理由で同様な仕組みがないのです。つまり、長期入院になってしまうと欠席扱いになり、進級できなかったり、中退を余儀なくされるのです。

そんな現状を変えたのは、ユーイング肉腫というがんで闘病生活を続けていた高校3年生の久保田鈴之介君。

友達の助けをかり、学校の授業をスカイプで中継してもらう取り組みをしたり、病院のなかでも授業が受けられるようにと橋下大阪市長にメールを送るなどして働きかけた結果、市長に思いは届き、そこからわずか2ヶ月で、先生が定期訪問するような仕組みができ、ほかの生徒と同様、卒業できることになりました。
 
そして、鈴之介君はセンター試験を受験。しかし、そこで命は燃え尽きた、とのことです。
http://www.nhk.or.jp/heart-blog/people/rfl/post_693.html

鈴之介君が橋下市長に送ったメールは、本当に的確に課題と解決策を伝えており、当事者だからこそ、説得力のある言葉、いや「政策提案」に、社会は即座に動いたのです。

しかもそれだけでなく、実際にその後できた、先生の定期訪問システムは、がんの治療中、その日によって体調は大きく異なり、せっかく前もって予定をいれていても、その日の体調が悪く、断らないといけなくなることが、非常に重荷になってしまうので、やはり、体調のいい時に受けられる院内学級のようなシステムがベターである、と追加での提案を送っていました。ほんとにすごい。

その後、大阪府が、現在実施している長期療養中の高校生へのサポートをどんなかたちで行っているかが語られました。

その後、登壇した私は、鈴之介君は、なぜ厳しい環境におかれても、 それにめげずにがんばり続けることができたのか?
からお話ししました。

10488294_659407474152273_1631639001033596969_nこのドラマに出てきた鈴之介君は、まさに「心に起動した状態」になっていた高校生です。
ここでもうひとつ気づくべきことは、心が起動した状態になるための前提となる環境要因。それは、

・剣道での経験(困難を乗り越えた体験→自己効力感) 
・寄り添う仲間・家族・居場所(挑戦を支える環境)
・具体的な目標・希望と達成への手段(大学受験と学習環境)

鈴之介君のように目標をもって行動する状態に、なれていない高校生はたくさんいます。
その高校生個人に原因を求めるのではなく、高校生たちの心に火がつく出会いや挑戦の環境をどう整られるかがカギであり、それは大人の責任である、という、趣旨の話をしてきました。 

長期療養中の高校生をサポートするシステムができたのは「大阪府」と「東京都」ぐらいで、ほかの都道府県ないそうです。学習の支援ですらできていないのだから、キャリア教育の支援などは頭にもありません。
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でも命の危機にさらされた子どもたちだからこそ、その後、どう生き抜いて行くのか?のキャリア教育が必要です。ガンを克服した後、就職活動では、ガンにかかってきた経歴が、採用のデメリットになるんじゃないか、と深刻に悩んだりするそうです。

病院にいる高校生にも目が届き、そっと、さりげなく、心に火がつく環境を整えてあげられる社会を創りたいですね。

自分の視界が広がる機会で、とてもたのしかったです。

社会イノベーター公志園で同期生のチャイルドケモハウスの楠木さん、機会を与えてくれてありがとうございまいた。
 

2001年12月29日 中日新聞ひととき 「市民講師」

今ではあたりまえのように学校で活用されている「市民講師」についての記事。
「ゲストティーチャー」とも呼ばれています。

この「市民講師」を、2002年からの指導要領改訂で導入された「総合的な学習の時間(総合学習)」にコーディネートをする事業が、NPO法人化したアスクネット(当時は愛知市民教育ネット)の原点。

この記事に書いた授業は、NPO法人化してはじめての講師派遣で、ギリギリまで講師が集まらず、困っていたところ、偶然、取材に来てくれたライターさんだった平田節子さんに依頼したことで生まれたエピソードでした。
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(黄柳野高校の当時。教室は木が新しい)

「来週、空いていませんか?黄柳野高校っていうステキな学校があるんですけど、そこで高校生に語ってくれませんか?」と無茶振りでの依頼で実現したのですが、平田さんとしては、その後1年以上講師ができなくなるぐらいショックと語るほどの体験だったそうです。

でも、この体験をきっかけに、平田さんはキャリア教育の世界にどっぷりとはまっていき、その後、経済産業省のキャリア教育事業をすすめていくのになくてはならないキーパーソンになっていくのです。
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当日の平田節子さん。超若い!一生懸命、ライターの仕事について語る。

ちなみに私も、2001年に起こった
9.11同時多発テロのについての講座で講師初登板。
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しかし、
パワーポイントを使って説明する予定がうまく画面が出ず、口頭で説明したので寝る人続出で講座としては大失敗!撃沈!

記事中に書かれた学習指導要領の改訂は「ゆとり教育」と呼ばれ、その教育を受けた世代を「ゆとり世代」と揶揄し、
教育改革の失敗扱いされています。

しかし、この記事で取り上げた「仕事に関する授業」は、
今では「キャリア教育」といって、新たな指導要領にもコンセプトが組み込まれています。それらは、その総合学習があったからこそ、学校のなかで拡がった。この総合学習がなければ、アスクネットは学校と連携はできなかったように思います。その意味では、「ゆとり教育」は、改革にむけての確かな一歩を踏んでいたのです。

市民講師~子ら生き生き"違う側面"======中日新聞2001年12月29日ひととき

 「学校に授業に行った翌日、私のところに生徒から一行のメールがきました。
『仕事のやりがいというのは後についてくるものだ、というのは、進路を決める上でとても参考になりました』と。
授業のなかでは、決してそのような表現は使っていなかったのに、私が授業の中で一番伝えたかったメッセージを彼はわずか一行につかみ、表してくれました。
だから、私は『あの話をこの言葉にできるあなたはすごい。あなたはきっと何をやってもできるから、がんばってね』と返事をしました。彼に、その一言を最後に投げ掛けられたことが大きな事だったのでは、と感じました」

 これは、普段は転職情報誌などでライターをしている市民が、黄柳野高校で講師として「仕事探し」をテーマに授業をした時の感想です。

 この学校では、愛知市民教育ネットが支援し、このとき初めて市民を招いての自由選択授業を行いました。ほかにもさまざまな市民講師による8講座が開講され、普段では出会えない市民から学ぶことで「生徒たちの違う側面が見えて大成功でした」と担当の先生。

 来年度から本格実施される新学習指導要領では、この事例のように市民参加の教育づくりが進められようとしています。これまでも先駆的に取り組んできた学校もありますが、これが日本全国の学校の課題となっていくのです。

 実際の生の体験を話し、子どもたちの心をワクワクさせることができるのは、その現実に身をおいている人をおいてはかにありません。話の稚拙よりも、新しい人との出会いとそこに生まれる現実感から、大人が思っている以上のメッセージを子どもたちは受け取り、自ら変わっていくのです。

 私たち愛知市民教育ネットは、子どもたちの多様な興味にこたえていくため、さまざまな職業・体験・技能をもった市民を登録、学校からの要請に応じて適した市民を講師として紹介する「市民講師ナビ」という事業を開始しました。

 「普段もている仕事を見つめ直すことができた」「今の子どもたちを理解するきっかけになった」など、市民講師になった市民からの反応も寄せられています。
 あなたも市民講師になってみませんか?

 (愛知市民教育ネット代表理事)

 第二回20011229市民講師

2001年11月9日中日新聞「自分さがし~出会いと挑戦の機会を~」

毛受アーカイブスというのが、今回のブログのもうひとつのコーナー。
「30年はかかる」と思ってはじめた「教育を変える」のチャレンジも、あっという間に折り返し地点。これまで、いろんな場面で文章や論文、記事があります。

私が、思い、行動してきたことはこれまでにも変わらず一貫しています。そして、毎年毎年、活動しながらわかってきたことは、これまでにまとめた文章を通して、伝えられるものがあるとかんがえ、ボツボツ紹介していきます。

まずはじめに 紹介するのが、「中日新聞のひととき」というコラム。最初の第一回目の記事です。

今のように、キャリア教育という言葉が拡がっていない時に、自分の体験を踏まえてその意義をまとめています。アスクネットの理念にも入っている「出会いと挑戦の教育」は、このコラムからはじまっています。

自分探し~出会いと挑戦の機会を ~2001年11月9日中日新聞~

 「自分のやりたいことが見つらない」。私は高校三年の今ごろ、大学志望校選びで悩んでいた理系科目が得意だから何となしに埋系を選んでいたが、実際に志望校を選ぶ時になって、行き詰まってしまった。早々と志望校を決めていた友だちに選んだ理由を尋ねても「数学が得意だから」とか「ランクがちょうどいいから」など、表面的な選択ばかり。いろいろ考えても見つからないので大学時代に先送り。進路の選択の幅が大きい情報関係の学科を選んだ。

 そして大学時代、授業にもあまり出ずに、国際交流などのボランティア活動に打ち込んだ。その中でへ社会で活躍するさまざまな人と出会い、主体的に活動をじていく中で、自分の得意なこと、苦手なことが具体的に分かってきた。こうした試行錯誤の体験から、「自分がやりたいことば教育分野にある」と感じたが、時すでに遅し。教職免許が取れない学科だったのだ。高校時代にこの体験ができたら、と感じたものだった。
 
 振り返ってみると、社会で何がしたいのか、どんな人になりたいのか、そんな「自分探し」へのヒントを与えてくれたのは「さまざまな人と出会う」ことであり「さまざまなことに挑戦する」ことだった。そして、この「自分探し」が「何を学ぶか」の根幹を支える。しかし、これまでの学校教育を見たとき、さまざまな人との出会いも少なければ、規制が多くさまざまなことに挑戦できる環境でもない。いつの間にか、「学び」の根幹「自分探し」を置き忘れてしまったのではないか。

 今、日本の学校は変わろうとしている。知識偏重の教育から、自分の興味・関心を育てていく教育へとシフトが始まっている。それば、学校の中だけで学びが成り立つような閉鎖的な学びの環境から、学校を取り巻く街や地域の市民との触れ合いの中から、自分の興味・関心を発見し、学びを進めていく開放的な学びの環境に変えていく大きな挑戦だ。

 私たち愛知市民教育ネットは、この挑戦を市民の側から支援する非営利団体である。学校教育と市民をつなげ、生徒がさまざまな分野で生きる市民と触れ合う場づくりを推進している。

 子どもたちの「自分探し」、を助ける一人として、今こそ市民の出番だ。
 (愛知市民教育ネット代表理事)
 20011109自分さがし

教育投資が生む「希望の配当」と「安心のリターン」とは?

将来が不安だから、貯金をする。

それはそれで大事です。

でも、それだけで希望と安心はうまれるでしょうか。

「将来が不安だから貯金」とコツコツ貯金だけしていても、雀の涙のような利子しかつきません。2%や3%の利子がついた時ならいざ知らず、わずかばかりの利息からは希望なんてものは生まれません。

しかも、日本がこのまま財政赤字を続け、何かのきっかけで国債が暴落してしまったり、ハイパーインフレが起こって、お金の価値が暴落してしまったら、安心も希望もあったもんじゃありません。

「貯金がダメ」だと言いたいのではありません。不安だからと言って貯金ばかりをして、本質的な暮らしを支える「人」の問題の解決に着手しなければ、安心や希望を生み出さないということがいいたいのです。

わたしたちの本当の未来の安心と希望を形づくるのは「人」です。社会がどんな状況になろうが、そこから這い上がっていこうという意志をもつのも「人」。協力し合い、困難をのりこえるのも「人」。資源が全くない日本が、この世界を生き抜いてきたのも「人」の力です。

仕事を単に「お金をもらうための手段」と考えるのではなく、自立して生計をたて、自らの力で未来を切り開いていくのが「楽しい」、そして、人のため社会のために働くことが「やりがい」に思う、そんな若者を育てていくことが、「希望」であり、「安心」を生み出すのです。

もし、教育にお金を出し、その結果、若者が大きく成長するエピソード・ストーリーが生まれたとします。
このストーリーをきくと、「こんな若者がいるなら、未来も明るいな~!」と自然に感じます。

これを私たちは、教育投資に対する「希望の配当」と呼んでいます。高校生のインターンシップ報告会に参加した、市民の感想を紹介します。

「高校生の生の声を聞き、寄付させていただきよかったなと思いました。目に見えない宝物=(未来への投資)を手に入れた感じです。」
「昨日の報告会では、私自身、初めはわずかばかりの「寄付」をしたつもりで、参加いたしたが、逆にもっと大きな「希望の配当」を、いただいて帰ってきたような気がします。感動しました。」 

そして、その後、その若者が様々な経験をつんだ後に、社会で担い手へと育つ。担い手となった若者が、私たちの暮らしを支え、納税者となった若者たちが社会保障制度を支え、その制度によって私たちは支えられるのです。

この段階を、教育投資にたいする「安心のリターン」と呼んでいます。
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前の記事で、一人の若者がフリーター・ニートになってしまったら約5000万円が損失すると述べました。

これがもし、一人の若者に50万円をかけたとしたとき、その若者が担い手へと成長したとき、その投資は5000万円以上を生み出したということ。投資効果は100倍なのです。

このことに社会が気付き、ひとりひとりの若者に目をむけて、動き出すことが重要なのです。

一人の若者がフリーター・ニートになると社会はどれだけ損をするか?

いよいよ4月から消費税増税がはじまります。3%の増税で8兆円の税収が上がると謳っています。
 
しかし、次の数字をみてください。
今年度の生活保護費は約3兆7000億円で受給者は約209万人(152万世帯)
平成25年度には5兆2000億円へ増加。
総合研究開発機構(NIRA)によれば、「就職氷河期」に急増した非正規雇用の労働者が現在の低水準の賃金で、65歳以上を迎えた場合、77万4千人が生活保護受給者となり、そのための追加的な財政支出が20兆円にのぼる、と試算しています。
 
つまり、8兆円が増収になっても、そのお金は生活保護費に消えて言ってしまう恐れがあるということなのです。
もし若者達が、『もらえるもんは、もらっちゃおう』ぐらいの感覚で生活保護をとらえ、社会のシステムを誰が支えているかは無関心になってしまえば、どんな立派な社会保障制度をつくってもすべて崩壊してしまいます。
 
●一人の若者がフリーターになってしまった場合の社会的損失はどれぐらいか?
もし、一人の若者がフリーターになってしまったとき、税収(所得税・住民税・消費税他)という観点では、社会はどれだけの損失をしてしまうのでしょうか。

<社会人とフリーターの年間の納税金額の差(所得税・住民税・消費税他)>
ニート

年収360万円の社会人の納税金額  
=33万円
年収107万円のフリーターの納税金額
= 7万円
-----------
納税金額の差は 年間26万円

これがもし、大学卒業してから40年この差が続いたとすると・・・
26万円×40年=1040万円





実際は、年収格差はもっと開きますし、ニートはフリーターの納税額よりも少ないと考えられるので、ニートフリーターの平均でいけば、この損失額はもっと大きくなると考えます。つまり、ひとりの若者をフリーター・ニートにしてしまった場合、その社会は、将来にわたって最低1千万円の損失をするのです。


これに加えて、生活保護が40歳を超えてから30年間、支出したとします。

月10万円×12ヶ月×30年=3600万円。
合計4600万円

つまり、ひとりの若者がフリーター・ニートにしてしまうことは、合計で5000万円近くの損をしてしまうことになるのです。
もし、こうなってしまう前に、ひとりあたり50万円をかけてでも、止められたとしたら、 その50万円は100倍の投資効果を生んだと考えられます。これが、ひとつの教育投資としてのひとつの考え方なのです。
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