若者の心を起動する教育の作り方

アスバシ教育基金代表、毛受芳高のブログ

これまで1998年から15年、キャリア教育、街とつながる学校、総合的な学習の時間、教育コーディネーター、シチズンシップ教育、ESD、環境教育、国際理解教育、サイエンスコミュニケーション、教育CSRなどなど、様々な新たなテーマの教育を「教育コーディネーター」の側から手がけてきました。小学校から、中学校、高校、大学までの、子ども・若者のすべての発達段階と関わっていくなかで、見えてきた教育づくりのコツを紹介します。
若者は、「何か」に出会う体験を通して、心に火がつき、自ら主体的に動きだします。そんな体験を「心起動(ココロノキドウ)体験」(ユースアクティベーション)と呼んでいます。「心起動」現象はどう起こるのか?

ワカモノスイッチ

挑戦する若者を育てるには?

もし、あなたが子どもに「バク転」に挑戦させようとすれば、はじめからコンクリートの床の上で練習させるでしょうか。するわけがありません。

失敗しても、大きくケガしないクッションのある環境から初めて、だんだんうまくなって自信がついてから、アスファルトの上でもバク転ができる。


つまり、人が「挑戦」するためには、挑戦に慣れる「ホーム」といえるセーフティゾーンが必要です。
元気づけ、不安や痛みを解消できるクッション効果があるホーム、その挑戦が失敗しても戻ってこられるセーフティゾーンがあってこそ、人は挑戦する勇気を蓄えることができる。


それ加えて、様々なものとの出会いや外の世界からの誘いがけなどの「外界からの触発」。誘因や刺激があってこそ、人は挑戦するテーマを手に入れ、向かうことができる。

私たちは、若者達を挑戦者へと育てるための「ホーム」「外界からの触発」を十分提供できているのだろうか?

できていないのであるならば、「今の若者達はチャレンジしないんだよね~」なんていう批判はお門違い。

もし、自分の地域や会社に挑戦者が育たないということがあれば、この2つの要素をふんだんに子どもたちが育つ環境に埋め込めるか、である。

そして、様々な挑戦で痛い目に遭いながらも乗り越え、成長してきた若者は、いくらコンクリートのような厳しい場所でも、バク転に挑戦し、みごと成功させてくれるのです。

一寸先は「闇」なのか?

ITが社会の隅々に浸透し、瞬く間に情報が世界を駆け巡る時代。フェースブックやツイッターによって、市民に怒りや共感・情報があっという間に広がり、国家体制が崩壊した。ネットに投稿した動画が、その瞬間に世界の人がアクセスできるようになり、一瞬で世界を駆け巡る。
このことで、一人のアイデアが世界に拡がったり、逆に、一人の夢があっという間に崩れることだってある。
世界の物を日本にいながら購入できたり、世界の人と無料で会議もできる。


こういった時代になった今、10年後はおろか1年後でも、どうなっているかを正確に予想することは不可能だ。

だから、このことだけははっきりいえるだろう。未来はますます混沌とする社会になる。


この状況をあなたは「一寸先は闇」と表現しますか?

これは「わからない」=不安ということを象徴して、「闇」に例えたネガティブな言い方。

でも、逆もある。

「一寸先は光」!

これも正しい。この先の見えない未来のなかだからこそ、いつでも登場人物として参画し、主人公になれる可能性を秘めているということ。先がわからないのだから、ワクワクドキドキ、どんな一日を過ごすかわからない。

つまり、「変化」のスピードが加速し、わずかな変化が将来において大きな変化をもたらすカオス(混沌)な社会になればなるほど、その「カオス」な社会をポジティブに捉えられる人が求められるのです。

「カオス」な社会をポジティブに捉えられる人とは、一言でいえば「チャレンジャー(挑戦者)」

状況の変化に応じて、その都度、目標をもち、その目標に挑戦することそのものを楽しめる人。

では、チャレンジャーをどう育てたらいいのでしょうか。

公の心を育む教育をつくるには?

公が、教育にお金をあまり掛けないということは、どんなことを引き起こすのでしょうか。

1)教育の劣化
教育に人手(教員の数、教育を支えるスタッフの数)をかけていないため、子どもたちの興味関心を引き出し、個にあった、きめ細やかな教育ができないため、公的な教育の場である学校では、一斉授業、画一型の教育になりやすい。

2)教育格差拡大
公的な学校の場で不満で、より高い教育効果を得ようとすれば、「私費負担」(保護者が支払う)を支払い、塾や家庭教師、お習い事等など追加で教育プログラムをうける必要が出る。しかし、その場合は、親の「経済力」が色濃く反映するため、教育格差が開くこととなる。

3)教育の大きな格差は、努力しない他力本願な市民の増加へ
行き過ぎた環境格差は、子どもたちに「どうせやっても無理」と、チャレンジ精神の低下を招き、他の人の成果にすがって生きる「他力本願」な市民となってしまう。

私がこれまでにキャリア教育をコーディネートしてきた、ある小学校の教員からこんなことを聞きました。

「学区にある貧困家庭が多く住んでいる地域から来る児童のなかに『どうせ将来、ニートなるから』と言う児童がいる。」
最初から受けられる教育環境が違いすぎると、がんばろうと思う気もなくなるのです。

この話をすると、「ハングリー精神
を養うには格差は必要」という方もいらっしゃいますが、これは程度の問題。
がんばれば乗り越えられそうと思う格差であれば、努力もできますが、圧倒的な差の前には、むしろ努力は生まれないのです。

4)自己中心的な市民の増加
「お金を払えばいい教育を受けられる、というもので何が悪いんだ」と教育を、個人や家庭の責任に帰結する考えは、「社会をよくするために、学び成長し、社会に貢献する」という公の精神へとつながらない。
「自分で稼いで自分で教育に投資したんだから、それで成長していい仕事につき、稼いだお金も自分のために使うのが当たり前」という考えになるのは当然です。


周りから「世話になった」「育てられた」という意識があるからこそ、周りに対して役に立とうとする。恩返しをしたいと思う。

ウインドウズを脅かす存在となった無料OS「リナックス」を開発した、フィンランドのリーナストーバル氏は、なぜOSを無料にしたのか?を問われて、こう答えたという。

「私は、ヘルシンキ大学に在学中にリナックスを開発した。私は大学まで無償で学ぶことができたわけだから、その成果は広く公共に供するべきものであると考える。OSとは、誰もがひろく使うための『公共性』があるもので、特定の企業や個人が、その利益を独占することはあってはならないと考える」と。
こういった考えは、フィンランドが大学まで一切が無料となっている教育システムだからこそ育まれる。

今、日本の教育システムのなかで育った若者達が、どれだけ地域から支えられて育ってきた、という意識をもって学校を卒業していっているのでしょうか?

この点を変えていくことに、「ワカモノスイッチ」のポイントがあります。

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